整形外科手術術前の心機能評価(特に大腿骨近位部骨折)

はじめに

整形外科医、特に私のような若手整形外科医にとって術前の心機能評価に関しては、

「めんどくさい」
「どういう時にコンサルトするべきかわからない」
といったマイナスイメージを持っていたり、

「もうよくわからないから全例循環器内科に出しておこう」
と丸投げになってしまっていたりと、

よし手術頑張ろう!、と手術に向けて上がっているテンションを下げられる要因の一つでないかと思われる。

今年に入り日本循環器学会から「2022年改訂版 非心臓手術における合併心疾患の評価と管理に関するガイドライン」が発表された。

もちろん若手整形外科医は手術をしてナンボというところが少なからずある。しかし、手術の準備の段階のことで時間を取られたりとか、手術室・麻酔科医との関係にストレスを感じてしまう要因となる心機能評価について最低限の知識を持っていると、余計なことに時間を取られずに済むので、返って手術に向き合う時間を増やすことができると考えられる。
最低限の内科的な病棟管理の知識、転院調整などのための社会的な知識とともに日常診療においておさえておいて決して損のない知識なので参考にして頂ければ幸いで、より気になった方がガイドラインを読んでみても良いのではないかと思う。

今回のガイドラインは、循環器学会からのガイドラインにもかかわらず、大腿骨近位部骨折の術前評価のみで3ページも取られていることが一部で話題にも上がっている。
高齢化とともに大腿骨近位部骨折が増加し、医療経済的にも影響が少なくない。早期手術が有用とされており、これまで早期手術という観点で遅れていた日本の医療界にも、ようやく早期手術を推奨するような診療報酬改定が行われた(受傷から48時間以内の手術で4000点の加算)。

知識不足によって、不必要な対診・検査に時間を取られて手術が遅れるということは避けなければならない。(もちろん必要な場合の検査は面倒臭がらない!!!)。

整形外科手術のリスク

整形外科手術においては主要心血管脳血管合併症発症率は1.6%、急性心筋梗塞発症率は0.67%とされる。これは産婦人科、乳腺外科、内分泌外科、泌尿器科の次に低い。
※しかし、これは全ての整形外科手術での割合で、緊急・準緊急手術、また合併症のある高齢者の大腿骨近位部骨折などだけであればもっと高いだろう。

心合併症発症率からみた手術のリスク分類(患者の合併疾患を考慮に入れない手術自体のリスク)がある。整形外科手術であれば、

高リスク(30日以内の心臓死や非致死的急性心筋梗塞の発生率を示すイベント率>5%):下肢切断術
中リスク(1〜5%):整形外科大手術(股関節・脊椎)
小リスク(<1%):整形外科小手術(膝関節鏡)

である。詳しく各術式について触れられているわけではないが、人工骨頭・骨接合術は中リスクで良いのかと考える。

心機能評価の必要性に関するフローチャート

ガイドラインには「非心臓手術術前の循環器評価アルゴリズム」が提示されている。

ガイドラインはじめの方に、12誘導心電図、経胸壁心エコー、心臓負荷試験に関して、「ルーチンには行わない、ことを推奨している」と明示されている。病歴、身体所見から心疾患を疑えば検査を行うが、非周術期であれば施行しないのに、術前だからという理由だけでルーチンでは行わないとされている。

次に、アルゴリズムを順に見ていこうと思う。

〜STEP 1:緊急手術かどうか〜

必要な非心臓手術が、緊急手術として行う必要がある場合は、緊急手術を遅らせてはいけないとなっている。
※身体所見や心電図など最低限の検査で循環器緊急症の有無の把握に努める、されているが、それが原因で手術を遅延させてはいけない。

ここでいう緊急手術とは6時間以内に手術をしないと生命の危険、四肢を失う危険があるものとされている。整形外科において関係あるものを挙げると、

即時手術→大量出血に対する手術
1時間以内→敗血症を伴う軟部組織感染症
6時間以内→敗血症を伴わない軟部組織感染症(膿瘍形成)

である。Kluger Yらによる報告をもとに作成されているが、開放骨折に関しては記載がなかった。
大腿骨頸部骨折は48時間以内とされるので緊急手術には該当しない。HIP ATTACK試験で報告されたように、6時間以内の超早期の手術は生命予後を改善する効果はない(その他メリットはあると報告されたが、詳細は直接文献を確認して欲しい)。

〜STEP 2:循環器緊急症の有無〜

緊急手術でなければ循環器緊急症の有無を評価する。循環器緊急症とは、急性冠症候群、重症不整脈、急性心不全、症候性弁膜症である。

大抵これらがある患者は救急経由で入院なので救急での評価をしてくれているはずだが、直接整形外科医が対応するところに紛れ込んできたこれらの症例を見逃さないためにも、最低限の全身状態含めた診察や心電図は必要かと思われる。

緊急症があればもちろん循環器内科と相談し、非心臓手術の早期手術の必要性などを含めて相談する必要がある。

〜STEP 3:手術自体のリスク評価〜

循環器緊急症がなければ手術自体のリスクを評価する。上で示した、高リスク、中リスク、小リスクである。

小リスク(整形外科的小手術)→手術へ
中リスク以上→STEP 4へ

小リスクであれば最低限の評価のみで手術へ、とされている。

〜STEP 4:周術期イベントリスク評価〜

中リスク以上であれば、Revised Cardiac Risk Index(RCRI)を用いて周術期イベントリスクを評価する。

RCRIの項目は、

  • 虚血性心疾患(急性心筋梗塞の既往、運動負荷試験陽性、虚血によると思われる胸痛の存在、亜硝酸薬の使用、異常Q波)
  • 心不全の既往
  • 脳血管障害(一過性脳虚血、脳梗塞)の既往
  • インスリンが必要な糖尿病
  • 腎機能障害(Cre<2mg/dL)
  • 高リスク手術(腹腔内手術、胸腔内手術、鼠蹊部より上の血管手術)

である。
これらの項目を評価して、

低リスク群(0〜1項目該当)→手術へ
上昇リスク群(2項目以上該当)→STEP 5へ

イベントリスクが低ければ手術へ、とされている。

〜STEP 5:運動耐容能評価〜

上昇リスク群であれば、Duke Activity Severity Index(DASI)などを用いて運動耐容能評価を評価する。

DASI質問表は12項目からなり、「階段昇降は可能か」、「運動は可能か」などの質問にそれぞれ点数がつけられており、可能なものの点数を合計するというものである。この点数でいわゆる METsというものを算出するが、これらを評価して、

7METs、DASI34点以上→手術へ(推奨クラスⅡa)
4METs、DASI10点以上→手術へ(推奨クラスⅡb)
4METs、DASI10点未満→術前心臓検査の適応、マネージメントなどにつき、包括的に検討

とする。
ここでMETsに関してだが、詳しくはDASIの全項目を見て頂きたいが、概ねゆっくりでも階段を2階まで上ることができるのが4METs、ジョギングが7METsというのが目安のようである。

推奨クラスに関しては、
Ⅱaがさらなる術前心血管精査をしないことを考慮する
Ⅱbがさらなる術前心血管精査をしないことを考慮してもよい
となっている。

このSTEP 5では、BNP、NT-pro BNPの測定を使用することを考慮してもよいとされている。BNP 92未満、NT-pro BNP 300未満で低リスク群と分類できるとされている。

〜まとめ〜

以上踏まえて術前心機能検査の必要性について個人的にまとめると、

① 評価時点で心疾患があることを積極的に疑わない場合は、ルーチンでは心機能検査を行わないことが推奨される。しかし、緊急症否定のために診察に加えて心電図は必要なので、心電図検査のみまずは行うことになると考える。症状がある場合ももちろん心エコー検査、循環器内科相談。

② 循環器緊急症がなく、非緊急の中リスク以上手術が必要な場合(大量出血・重症感染症に対する手術、整形外科小手術以外)、RCRI2項目以上かつMETs4未満(or 7未満)であれば循環器内科対診・心エコーなど検査追加する。そうでなければ(胸をはって)そのまま手術へ。

③ 運動耐容能が微妙な範囲(特に4〜7METs、7METs以上でも)であれば、検査追加や循環器内科対診は主治医の判断でよいと思われる。※推奨度が強くないので、検査せずに、「なぜ検査しなかったのか」と言われる筋合いもないし、循環器内科に念のため対診を出しても、「なんでこんなことで対診を出してくるのか」と言われる筋合いもない(そんなことをいう循環器内科の先生がいないことはわかっています。)。

クリニカルクエスチョン:重症ASを合併した大腿骨近位部骨折患者

最後にCQで取り上げられている大腿骨近位部骨折患者が重症ASであった場合について。

以前の病院はかなりアグレッシブで術前重症ASであることがわかった場合にはすぐにTAVIの手配をしてくれて、TAVI後に骨折手術→術後CCUで管理を行っていた頂いていた。

今回のガイドラインではCQ5で、「重症ASを合併した高齢者の大腿骨近位部骨折患者に対して、血行動態が安定している場合は、SAVR、TAVIを試行せずに、厳重な血行動態の管理(集学的チームで、適切な場所で)のもと骨折手術を試行することを提案する」(弱い推奨)となっている。

早期手術のエビデンスなどを踏まえて、大きなスペースを割いて記載されているので、ここではこのくらいにしておくが、目を通してもよいと思う。

まとめ

若手整形外科医が苦手意識を持つことが多い心機能評価のための対診、心エコーの必要性の判断について、循環器学会からのガイドラインを参考にしてまとめた。

もちろん、術前患者評価は心機能だけではなく、肝硬変含めたその他臓器の合併症、抗血栓薬についての知識、その他術後の方針決定のための生活環境の把握や急変時対応含めた患者・家族説明など必要なことが多い。

外来や手術など整形外科的に学ばないといけないことが多いが、その時間をとるためにも最低限の他の知識は知っておくことが大事と考えるので、今回のまとめも参考にしてもらえれば幸いである。

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